心の声を大切に

私が、こんな風に歳をとっていきたいなぁ~・・・
と、憧れているご夫婦がいます。

つばたしゅういち・英子夫妻。

数年前、図書館で 『あしたもこはるびより』

を読んでから、すっかりファンになりました。

自家菜園と手作りの暮らし。何でもお金で解決するのではなくて、ゆったり自分達のペースで、知恵と手間暇をかけて最高に心地よい暮らしをする。
そんな生活を実践されておられるのです。

私が素敵だなぁ~と思う人達には、共通点があって
一言でいうと、「世間に流されていない」んですよね。


今回、『ときをためる暮らし』を読んで

その考え方がよくわかる文章があったので、引用させてもらいます。

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あれは終戦まぢかの六月で、その日も朝から快晴でした。
金城学院専門部の学生だった私は、女子挺身隊として熱田区の愛知時計工場に、毎日電車で通っていたんです。もうすぐそこが工場だという白鳥橋の上で、突然、空襲警報が鳴り響いたから驚いてしまって。とっさにいま来た道を私は引き返し、一キロほどの坂道を走って、熱田駅へと夢中で戻りました。そこで警報解除。だけど、工場へ戻る気にはなれず、電車に飛び乗りました。家に帰りたいと、強く思ったんですよ。なんだか、とても怖くて。
 途中、乗り換えのため連絡地下道を歩いていたときに、ドーンという音とともに、大地震のように揺れて。工場に「熱田の一トン爆弾」が落され、たくさんの友人、多くの人が爆死して、まさにあの「家に帰りたい」という気持ちが生死を分けたんです。(略)
こんな体験をしたから、自分の考えに従って生きよう、と私は強く思うようになったんですよ。何もわからないまま流されて、「右と言われれば、みんなと一緒に右へ行く」というのではなくて。自分に具わった感覚で、物事を判断していこうと。だからテレビや新聞で言っている多くのことは、へえっという感じで、全然信用しませんよ。そういうものにみんな毒されちゃっていますけど。私は、自分で感じたことしか信じない。頭でじっくり考えるというより、勘ね。迷ったら自分の感性を信じて、これまでやってきました。修一さんとの暮らしも、そうでしたよね。
彼曰く「世の中のしきたりに従って流されて生きていると、決して幸せなことにはならない」と。
(略)
私もね、彼と同様、世の中のしきたりや流れとは異なる考えを持っていました。
質屋に出入りするほど生活は困窮していましたけれど、食べるものにはとても気を付けていました。生活費を節約するとなれば、食費を減らそうと考えますが、私はそんなふうには思えなくて。だったら、なおさらちゃんとしたものを買って食べなきゃと思って。体が資本ですからね。
結婚をした昭和三十年代は、あらゆる物が大量に生産されていく中で、食品の品質は急激に変わり始めていた時期。隣に住むお義母さんと一緒に近所へ買い物に出かけても、私はそこでは買わずに、あとから紀ノ国屋へ行って揃えていました。
というのも、私は体が弱かったこともあって、実家の母は、食べ物にとても気を遣い、お店が忙しくても、魚でも母が鮮度を見て、コレとコレ、と毎日決めていたんですよ。そういうのを見て育ちましたから、なるべく信頼できるところから買いたいと思っていて。
(略)
暮らしに見識をもたないとダメだと思いますよ。自分に何が必要かを考えて暮らしてほしい。戦時中もなびいたけれども、いまはメディアにみんなが支配されちゃっている感じですね。自分でね、これと思う感性を育てないとダメですよ。たとえば、みんなが車を持つから、自分も持つというのは、おかしいと思うの。自分にあわないものは、やめておいたほうがいいと思う。

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・・・そうなんですよねー!
自分の心の声にしたがって生きるって大事です。

誰々が、新聞が、テレビが言ってたからとか、今流行ってるからとか、
世間体がどうだこうだとか、基準を外に求めて合わせようとすると辛いだけだし。

のびのびと自分らしく生きている人って、一本筋が通ってるんですよね。
だから本当に輝いて見えるんだよなぁ~・・・。

私も、心の声を大切に(それは我儘とは違うのです!)日々生きていこっと!



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